上杉謙信「川中島合戦」武田信玄と上杉謙信の名勝負で知られる「川中島合戦」。第四回目の川中島主戦場となった場所が八幡原といい、武田信玄の本陣がここに置かれました。八幡原の中心にある八幡社境内には、有名な「両将一騎打像」や信玄が築いた「土塁の跡」、「三太刀七太刀(みたちななたち)之碑」、「執念の石」、また、周辺には首塚などが残され、激戦の跡を偲ぶことができます。八幡原は、かつて田地のなかにありましたが、上信越道の開通、市内と長野ICを結ぶ県道(アクセス道路)の拡張工事が行われた際に「八幡原史跡公園」の名称で整備され、今日では多くの観光客が訪れています。○長野市立博物館八幡原史跡公園内にある博物館。一階は善光寺平の自然を、二階は善光寺や川中島合戦の歴史を紹介している。土・日・祝日には、プラネタリウムの投影もあります。○三太刀七太刀の碑案内板によれば、紺糸鍼(こんいとおどし)の鎧に萌黄緞子(もえぎどんす)の胴肩衣、金の星兜に立烏帽子白妙(たちえぼししろたえ)の練絹で行人包(ぎょうにんつつみ)、長光の太刀を抜き放ち、名馬放生(ほうしょう)に跨った謙信が、諏訪法性(ほうしょう)の兜、黒糸鍼の鎧の上に緋(ひ)の法衣、軍配を右手に持った信玄に三太刀浴びせたところ、最初の太刀を受け止めた軍配に刀の跡が七ヶ所あったことに由来するといいます。○執念の石信玄めがけて切り込んだ謙信に対し、武田方の仲間頭であった原大隅(はらおおすみ)が、信玄の持槍であった青貝の長柄を取って応戦したものの、全て外し、謙信を取り逃がしてしまったといいます。
この時、無念やるかたない原大隅が、傍らにあった石を槍で突き通したものが「執念の石」と伝えられています。