『カルラ舞うー徳太子の呪術偏』読了。永久保さんの誤解か意図的矮小化かは分からぬが問題点をいくつか。1.神社仏閣を三角形で繋いでもそれは「風水」ではないし、エネルギーは集まらぬ。龍脈上の龍穴になければパワースポットではない。そうでないものをいくら繋いでも意味はないし、三角形という図形に意味はない。2.仙道の小周天・大周天とクンダリーニ・ヨーガと、密教の関連が適当すぎ。過去あれだけの業を使ってきた近江が小周天も怪しかったり、舞子が大周天の初歩段階などということはあり得ぬ。剣持は指導できるからには大周天を既に完成していなければならぬ。ご本人には若干の修行体験も無いが為に、取材協力してるインチキ霊能者に騙されてる可能性有。
霊能者も坊主も怪しいぞ。何ならわしが山伏問答してやってもよい(笑)。
3.そもそも阿修羅=アスラとはサンスクリットでasuraで元はアフラ・マズダーなのだ。ゆえに古代インドではそもそもが善神だった。ヒンズーで帝釈天が台頭したせいで格下げされたが、仏教ではその守護者として八部衆(天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽)に入って、元の善神のイメイジに戻った。つまり仏教的には、釈迦の眷属・護法善神として、阿修羅と迦楼羅が仲間なのは常識だ。 asuraをasu/ra=命を/与えるという原義から、a/sura=非/天と誤解して、六道の一として、絶えず争う境涯を立てて五趣に付け加えて以後の話だ。 「カルラ神教」のライバルとして同じラで終わる似た音感の語を探して、興福寺の像のイメイジからも「阿修羅神教」というのを思いつき、阿修羅を出してきたのだろうが、名称を異にする興福寺の解釈ですら、八部衆は「五部浄、沙羯羅、鳩槃荼、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、畢婆迦羅」と、阿修羅と迦楼羅は仏教守護のお仲間であって、ヤクザ映画の「修羅の如く」みたいな血で血を洗う世界と何の関係もないのだ。そして、神仏混淆とは言え、カルラも阿修羅も仏教、いやヒンズーだ(笑)。しかもお仲間なのだ。
『大日経』住心品で「非天心」を見ればいいが、悪者扱いはされてないぞ(笑)。
何にせよ、少なくともカルラと戦うような存在ではないし、無理がある。些かご都合主義が過ぎる。それに聖徳太子は歴史学的には実在しなかったのだから、呪いも糞もないだろう。まぁ、ここを突っ込んだら話が成り立たないが。4.あと、もはや和宗となって、天台宗の坊主ほどさえ密教修行をしてない四天王寺の坊さんには、たとえカルラと阿修羅が空中戦をしていても多分見えないと思う(爆)。